第1回クオリアAGORA 2015/細胞の声を聞く~次代の組織とは?/活動データベースの詳細ページ/クオリア京都


 

 


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第1回クオリアAGORA 2015/細胞の声を聞く~次代の組織とは?



 


 

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第1回クオリアAGORA 2015/細胞の声を聞く~次代の組織とは?/日時:平成27年6月25日(木)18:00~21:00/場所:京都大学楽友会館会議場-食堂/スピーチ:高橋 淑子(京都大学大学院理学研究科教授)/【スピーチの概要】多彩な人々が暮らす1200年の生きた都市・京都で、戦後70年にふさわしい新たな価値と未来図を生み出しませんか。 第1回は、ニワトリの卵の細胞と対話し、発生のプロセスを研究している発生生物学者の高橋淑子京大教授を迎えます。 最近では研究領域をがん細胞の転移メカニズムなどにも広げている高橋教授は、細胞との対話は「論理ではなく感性」と語ります。 討論では、宇宙の森羅万象を現代の素材や技法で表現している陶芸作家の近藤高弘さんらを迎え、2030年の社会や組織を考えます。 /【略歴】高橋 淑子(京都大学大学院理学研究科教授)1960年広島市生まれ。 88年京都大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。 仏国国立科学研究センター(CNRS)、米国コロンビア大学などを経て、2001年理化学研究所CDBチームリーダー、05年奈良先端科学技術大学院大学教授。 2012年より現職、14年理事補を兼任。 10年自然科学分野の第一線で活躍する女性科学者に贈られる「猿橋賞」を受賞。 研究の傍ら大阪フィルハーモニー合唱団にて歌い鋭気を養う。 




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長谷川 和子(京都クオリア研究所)


様々な課題山積の現代、科学技術と社会との新しい関係をつくうと始めたクオリアAGORAも、今年で4年目を迎えました。 今日はその第1回ですが、この時間になりましてもまだ明るく、これから談論風発の時をたっぷり楽しんでいただけると思います。 


このクオリアAGORAが「おもろい」と、京大総長に就任されるまでほとんど皆出席だった山極寿一さんは、総長就任時に、「京都の街全体が大学である」という「京都キャンパスシティー計画」を打ち出されました。 その実現に向けて、その指針、哲学となる「京都アカデミア」をこの10月にはスタートさせたいとおっしゃっています。 この「京都アカデミア」は、まさに京都人が長い間培ってきた「暗黙知」と大学の「科学」を繋ぐことによって、新たな価値が生まれてくると大きな期待を持っています。 これは、東京でもできないし、大阪でもできない、京都だからこそ可能ではかということで、今年はさらに異分野間の交流を深めていきたいと考えております。 そのためにもっとスクラムを組もうと、新しい会員制を導入いたしました。 これはクオリアAGORAの会員というよりも、むしろ、京都アカデミア、あるいは大学の街京都をつくっていく上で、市民が力を結集しましょうよという意味合いがあります。 


この楽友会館では、かつて「近衛ロンド」が開かれ、梅棹忠夫先生をはじめそうそうたる人類学系の先生方が若い研究者、学生とまさに談論風発、学びや気づきの場になったと伝えられております。 この場で、4年目を迎えたクオリアAGORAが開催できるということは、大変意味のあることと思います。 


では、いつもの通り、スピーチをして、問題提起をしていただきます。 きょうのスピーカーは、とってもチャーミングな研究者、京都大学大学院理学研究科の高橋淑子さんです。 



※各表示画像はクリックすると拡大表示します。    

スピーチ 「細胞の声を聞く~卵から体がつくられる不思議」

≪高橋さん 資料ダウンロード (2.47MB)≫


京都大学大学院理学研究科教授 高橋 淑子さん

京都大学大学院理学研究科教授・教授
高橋 淑子さん


きょうのお話は、「細胞の声を聞く~卵から体がつくられる不思議」とタイトルを付けました。 私の専門は、発生生物学です。  自己紹介を兼ねて、冒頭から余談になりますが、少しだけiPS細胞やES細胞の話から始めます。 これ、(資料)このスライドは、山中伸弥さんが見つけたiPS細胞です。 いろんな因子を使うと、大人の皮膚でもちょいちょいと細工をすれば、時計が巻き戻って若返る細胞ができてきて、さらにうまいことやれば、いろんなものにもう一遍なってくれるだろう、という夢の細胞。 これを、21世紀の細胞と言ってもいいかもしれません。 それで、(資料)次のスライドは、あえて私が、ちょっと工夫をして並べたものです。 これは、20世紀の細胞といえるかもしれないES細胞というものです。 このスライドの右半分はiPSのスライドとほとんど一緒です。 ところが、左半分がちょっと違いまして、ES細胞の場合は、受精卵から調製した、これまたすばらしい細胞なんですね。 1980年代の初め、ES細胞が発明されました。 ES細胞はシャーレの中でどんどんと増えて、いろいろ細工をしたら、神経や心臓になるんじゃないか、って、やっぱり夢の細胞でした。 


iPS細胞:21世紀の細胞


きょうは、iPS細胞とかES細胞についてのお話をこれ以上するつもりはないんですが、自慢にもならない話は、私、日本国において、このES細胞を最初に扱った人間であるということです。 いろんな所でこのことを言っても、「それは違うぞ」といわれたことは、いまだにありませんので、一応そう信じています。 こんな話をすると、なんか偉そうに思えるかもしれませんが、全然偉くないわけであります。 偉いのは誰だったかというと、私が大学院生の時に、「ES細胞を使った研究でもやってみいや」と、いってくれた岡田節人先生です、これ「ときんど」と読みますが、当時、教授でいらっしゃいました。 京都大学を辞められた後、いろんなところの要職を務められました。 もちろん名誉教授でいらっしゃるわけです。 私は、京都大学における岡田先生のほとんど最後の学生です。 つまり、ES細胞の話にもどすと、ほんとに偉いのは岡田先生であるといいたいわけです。 また岡田研究室には、すばらしいスタッフがズラリとおられまして、私を直接教えてくださったたのは、その当時助手だった近藤寿人先生です。 近藤先生はついこの前、阪大の教授を定年退職されました。 


ES細胞:20世紀の細胞


その当時まだ若かった近藤さんは、ES細胞を発見したイギリスのケンブリッジ大学に飛びまして、そこからES細胞を日本に持って帰られました。 これ、今でいうたら密輸です(笑)。 生の細胞は機内一泊ぐらいはなんとかなるんです。 ちいさなプラスチックのケースにES細胞を入れて、それを「こそっと胸ポケットに入れて、人肌の温度に温めながら帰ってきたんや」というはりました。 そのES細胞を近藤さんに「ほいっ」と渡されまして、「よしこ、これを飼うてみぃ」いうんです。 飼うてみぃっていうのは、「培養して、しっかりちゃんとせいや」ということなんですが、その時、プロトコルっていうかレシピは何にもない。 日本にも論文はあったのですけど…。 とにかく、なにせ、日本でES細胞を培養するのは初めてなので、見よう見まねで一生懸命培養したことを、今、懐かしく思い出します。 


ま、自慢話をチョットだけすると、私は、細胞を培養するのが上手でしたから、っていうか、そういう実験が好きでしたからね。 一年365日、休みなんかありません。 細胞を飼っていると細胞達の都合にこちらが合わせなければなりません。 でも、研究は楽しかったですよ。 細胞と夜中までつきあいながら、帰るとき「おやすみ」っていって、家に帰って、それでお風呂屋さんに行く。 京都といえば、お風呂屋さんですね。 当時の下宿にはお風呂なんかありませんでした。 お風呂屋さんはいいですねぇ。 そうやって、楽しい大学院の5年間をすごさせていただきました。 で、その後に、私の、プロ修業が始まるわけです。 


岡田先生は、あらゆる意味ですばらしい先生でした。 今の例でもありますように、岡田先生はES細胞が出た時、いち早く「これだ!」と気がつかれたわけです。 そして、ES細胞の研究をもとにして、のちに花が咲いたのがiPS細胞なんですね。 iPS細胞の山中さんは、私の奈良先端大時代の同僚で、あのころから楽しく一緒に話をしてました。 山中さんは、ずっとES細胞の研究をされていて、それがもとになってiPS細胞を生み出すことができたのです。 


岡田節人教授


岡田先生が、私に「ほい、これやれ!」っておっしゃってから、山中さんのiPS細胞まで、25年以上もたってます。 もちろん、ES細胞の研究は、私だけではなく、日本や世界の多くの研究者が一生懸命やってきました。 で、山中さんは、それらに加えて抜群のセンスを発揮されたわけです。 こういうふうに、研究者の毎日の努力が、皆様にわかりやすい花として咲くまでに、20年や30年経っている、ま、そういうことなわけです。 そういう意味では、岡田節人先生っていうのは、20年、30年後を読む能力があったわけですね。 私も、だんだん同じような立場になってきて、歳も重ねて来ましたが、岡田先生のような先見の明は、なかなか真似ができるわけではないことを痛感しております。 


きょう、会場に、岡田先生の息子さんの岡田暁生さん(京都大学人文科学研究所教授)が見えているから、ということも半分ほどあるかな。 ま、そればかりでなく、実は、私は、講演で、必ず、スライドにこの岡田先生の写真を入れています。 (資料)「オカダケン」って、これ岡田先生の研究室のことなんですけど、オカダケンには「文化」があります。 テクニックが何だとか論文の書き方がどうだというのはもちろんあるんですけど、文化として、研究室の空気として、私たち門下生は、オカダケンの文化という大変貴重なものをいただきました。 変な話と思われるかもしれませんが、私達学生は、このようなオカダケンの研究文化、あるいは研究哲学を、「皮膚呼吸」をとおして学びました。 先生からあれやこれや口でいわれなくても、皮膚からじわーっとしみいってくるようなものなのですね。 今でも不思議なもんだと思っています。 


さて、岡田先生は、たくさんの名言を残されました。 きょうは、それを全部紹介時間はありませんが、例えば、こういうのはどうでしょうか。 「細胞は社会を作るんだ」。 岡田先生は「細胞の社会」というタイトルのブルーバックスも出版されました。 私は、それを学部生の時に読んで感激し、オカダケンの門を叩いたわけです。 


きょうは、「細胞は社会を作る」という考え方をメインにして、「発生」ってどんなものかっていうことについて、一つ二つ例を示しながら一緒に考えていければ、と思っています。 


岡田先生は、その「細胞の社会」という本で、「細胞が作る社会はオーケストラだ」ということもいわれました。 オーケストラといえば、この写真ですね。 大阪フィルハーモニック・オーケストラなんですよ。 で、ここに映っているのは、一体誰でしょうか。 これ、私です。 宣伝ばっかりですみません。 私、大フィルの合唱団で、年末になったら、舞台衣装を持って東へ西へと走りまわっています。 この写真は、指揮者が朝比奈隆さんが生きておられる時のものです。 大フィル管弦楽団の人たちは、みなプロです。 一人一人、ものすごくお上手ですが、もし指揮者が失敗すると、交響曲はむちゃくちゃになってしまいます。 ですから、みんな指揮者を向いて、指揮者の棒の一振り一振りに音符を合わしてきます。 岡田先生のいわれる「細胞の社会」にもこれと似たようなことがみられます。 細胞は、一人のプレーヤー。 細胞がバラバラに勝手なことをすると、私たちのような体は絶対にできてきません。 きっと秩序が壊れたがんのようになってしまうでしょう。 「細胞の社会」、これは私にとって大きなメッセージでした。 そして、これを知ったとき、生物学というのはなんて面白いんだろう、と、感激したものです。 


細胞の社会は、私たちの専門用語で「多細胞体制」といいます。 いわゆる単細胞と対比させて使う言葉です。 単細胞って、ゾウリムシとかミドリムシとか、ああいうのをいいます。 時々比喩で、「私の脳みそは単細胞やし」っていいますが、私達の脳みそは例外なく多細胞です。 私達の体は60兆個とも150兆個ともいわれるぐらい、たくさんの細胞からできています。 ウルトラ多細胞です。 


で、だんだん発生の気分に浸っていただきたいので、それっぽい写真を出します。 (資料)右上はヒトの胎児、左はニワトリです。 ヒトの胎児の写真は、HPから取ってきました。 私たちの研究材料ではありませんし、ありえません。 使ってはいけません。 犯罪になります。 私たちのラボでは、主にトリを使っています。 きょうの大きなメッセージの<その2>は、トリの胎児は これ「胚」っていうんですけどー、マウスの胚とそっくりだということです。 で、マウスの胚は、ヒトの胚にそっくりです。 つまり、胚のときは、哺乳類同士はそっくり。 しかも哺乳類とトリの胚もそっくりです。 もっといえば、ヘビのような爬虫類も、胚の時はよく似てます。 ちょっと、ごめんなさい。 哺乳類以外は、胎児とはいわないので、専門家としてはこれから胚、あるいはエンブリオ(Embryo)という言葉を使います。 


当たり前ですが、全ての脊椎動物は、最初は、卵子と精子との合体に始まります。 一つの受精卵が2細胞になります、次、分裂すると4細胞となり、8つ、16、32、64…と、2の累乗で増えてきます。 で、かなり増えてくると、ちょっとわけわからんようになります。 本当はその後に起こることが面白いのですが、昔の高校の教科書では、そこが全然書いてなかったので、私は高校のときは、発生の勉強はあまり好きではありませんでした。 


では、分裂を繰り返した後に何がおこるのでしょう。 ここでクイズです。 もしも、受精卵が単に分裂ばかりを繰り返したら何が起こるでしょうか。 例えば、一人の体が、50㌔㌘だとすると、この場合、50㌔㌘分の「肉団子」しかできないわけです。 しかし、私たちは肉団子じゃないですね。 きちっと頭も手も足も、心臓も胃も腸もある。 そのためには、細胞分裂に加えて、細胞がきちっと役割を果たさなければいけない。 こういうのを細胞の「分化」といいます。 でも、分化だけでも十分ではありません。 例えば、脳みその中に骨が分化してヤッホーという人はいないわけですね。 それから、胃の中に骨があったら、どうも硬くって調子が悪いでしょう。 ですから、体の中の正しい場所で、正しく細胞が分化して、正しい形を作ってくれなければいけないです。 つまり、発生というのは、この一連の作業を完結させるための大きなドラマなわけです。 私たちは、この壮大なドラマに惹かれて一生懸命研究をしています。 


ヒトの発生(CG)


突然、これを出しますが、下の段の写真は、教科書から取ってきたニワトリの発生の様子で、一番左は今朝卵を孵卵器に入れて、今(夕方)取り出した時の写真です。 不思議な「1本の筋」ができているのがわかります。 一番右は孵卵器にいれて20日ぐらいたったやつで、明日ぐらいにはピヨピヨ生まれるかなという状態。 10日目とかいてあるのは、「おお、なかなか手羽先みたいになったぞ」っていう感じです。 これ、写真のスケールが違います、一番左の「筋」はとても小さなもので、顕微鏡がないと見えません。 


こういうのがニワトリの発生で、私たちは、左から三つ目ぐらいのところ、16時間、45時間、3・5日、ここらへんの胚を使った研究をしています。 なぜかというと、これらの発生段階では、私たちヒトでもそっくりそのままなんですね。 もっというと、この3・5日、これ、専門家が見たらわかりますけど、恐らくビギナーだと、これがマウスなのかウサギなのか、はたまたカメなのか区別つかないと思いますよ。 つまり脊椎動物はこの「共通パターン」を経て発生を進め、そのあとに、ウサギなら長い耳ができ、カメなら背中に甲羅ができてくるわけです。 つまり、脊椎動物に共通の、ある決まったルールに則って発生を進めるということです。 私たちは、いま、それを暴こうとしています。 それがある程度暴けたら、今度は、なぜブタはブタで、ウサギはウサギか。 カメじゃないのか、というような問題に迫ることができるのです。 


地球上に生きているいろんな生き物。 不思議な生き物もたーくさんいます。 生き物の多様性がどうのようにして生まれたか。 この夢一杯の謎に迫るには、多様性のベースとなる「共通項」も知らなければいけない。 そこに発生研究のドラマがあるわけです。 


では、ちょっとここで、YouTubeから取った映像を見てください。 UCLAがCGで作ったヒトの発生の様子です。 あ、今、縦の筋が出てきました。 これ、ニワトリの最初の写真と似ていますね。 それから、水色が出てきました。 実は、これ脊髄が出来かけてきたところです。 そして肋骨や背骨の元がプツプツって出てきました。 なんか、ニョーンと縦長になってきましたね。 右の方に、サイズ2・5ミリとかデイ22って書いてあります。 おお、だんだんそれっぽくなって、そして、伸びて、伸びて、そろそろ横顔が見えます。 で、だいぶ大きくなってきました。 いよいよ横顔を見せてくれるわけです。 ここに目があって、これは脳なんです。 脳と脊髄がピンク色で描かれています。 こうして、何となく胎児っぽくなってきましたが、細かいことはともかくとして、ヒトのエンブリオもニワトリのも、よう似とるなというイメージを持っていただければありがたいです。 


放送大学特別講義 高橋淑子「細胞の声を聞く」より


さて、ここでお分かりなったと思いますが、発生はですね、ミニチュアがそのまま細胞分裂をして、ブーッと膨らんだでというわけではないですね。 つまり単にミニチュアがグワーンと大きくなるわけではないのです。 この非常に大切なメッセージをさらに盛り込んだのが、このアニメです。 ヒトでもマウスでもニワトリでも、最初はこんなペタンコな格好をしています。 で、ペタンコだったものが徐々に丸まって、やがてあっちがくっつき、こっちが離れで、あれよあれよといううちに大人に似た体ができてきます。 あ、今、下の方がブチュッてくっつきました。 これ、私たちの体のイメージと思ってください。 ちょっと、肋骨は描きにくかったので、このアニメはへそから下ぐらいの画だと思ってください。 ブルーは脊髄、そしてそのまわりに背骨があります。 黄色は腸です。 肝臓や膵臓…といろんなものができていきます。 こうやって全体が刻々と形を変えるときの細胞1つ1つに思いをはせますと、そこには細胞のドラマがたくさん隠されているのが感じられるのです。 そのドラマを理解したい、暴きたい、そういう思いに駆られているのが、私たち研究者という種族です。 


で、ここからは少しずつ細胞のイメージを持っていただきたいと思います。 私は、京都大学の専門の学生にもこのスライドを使います。 1個の細胞をヒトに見立てて比喩的に考えるとわかりやすいときもあります。 人間の社会と細胞の社会が、全部一緒だとはいえませんが、ある程度、人間に例えることができます。 左の細胞は、わりと健康な細胞やと思ってください。 右の細胞はちょっと悪いやつです。 悪いやつって一体何なのか。 いろんな病気の細胞です。 例えば、がん細胞だとしましょう。 がんになってうれしい人は、一人もいてないんじゃないかと思います。 私もなりたくないです。 でも、もしかしたら、もう私の体にあるのかもしれません。 がん年齢には、とっくの昔に達しています。 そういう意味ではドキドキです。 


「悪い細胞」ってどういうこと?そもそも「正常」って何?


では、サイエンティフィックな質問。 こういうのはいかがでしょうか。 


がん細胞、この悪い憎たらしい細胞はどっからやってくるか。 それは、宇宙からやってくるわけじゃあなく、私たちの健康な細胞が変化してできるものです。 でもそのその変化はわかりにくいので、ある時、気が付くと、あれまあ、というふうになってしまう。 


では、またまた質問です。 正常な細胞がどうなったらがん細胞だっていえるんでしょうか。 いつの瞬間からかおわかりになりますか? 「そんなん、転移したやつががんでしょう」っておっしゃりたいのはよくわかります。 じゃあさらにお聞きしますが、転移する前は、がん細胞じゃないんでしょうか。 転移する前は、完全に正常細胞なのでしょうか?ここまで突っ込んで聞くと、「いや、少しずつ悪い細胞になるんじゃないかな。 じゃあその変化って一体なにかな」と考えたくなりますよね。 これ一つのサイエンティフィックな考え方ということになります。 


先ほどの質問に戻りますと、実は「ようわからん」というのが今のところの答えなんですね。 基礎医学の研究者は一生懸命やっていますけれども、正常細胞とガン細胞の間のライン引きはあまりはっきりと捉えられていません。 でももちろん20年前よりもはるかに大きな進歩があり、そういう努力の積み重ねによって、次々とよい薬もつくられて、実際にガンのいくつかは治る時代になりました。 ここで紹介した例をとおして、病気をなおすぞ!とがんばるのはいいけど、そのためには、そもそも細胞ってなんなんだ、発生ってなんなんだ、という根本的な問題にたちもどって、ひとつひとつ丁寧に解明していくことこそが、結局は近道なんだ、ということを感じていただけたらありがたいです。 基礎研究は地味に見えますが、そこで得られた発見や知恵は、未来にむかって大きくつながるものなのです。 


遺伝子は体作りの設計図


また発生の話に戻りますね。 このスライドの下の方。 DNAは体作りの設計図です。 DNAからの司令に従って、細胞は分裂したり分化したりしながら、臓器の形を作りあげていきます。 私たちのからだって、本当に奇跡ともいうべき芸術作品ですよね。 で、ここなんですね、特に、私、高橋淑子という研究者が、一番謎だと思っているのは、ここ、この矢印のところです。 「細胞たちは一体何をやっているんだ」です。 DNAからの指令を受けた細胞が実行部隊として働くという考え方です。 細胞はどのようにして組織や臓器を組み立てるのでしょう?DNAや遺伝子の操作技術がどんどんと進歩する中で、私はあえて、せっせと働く細胞の面(つら)をよく眺めたいとおもって研究を進めています。 


私自身は、オカダケンに入りましたが、、出る時は竹市雅俊先生が指導教官でした。 竹市先生の凄まじいまでの研究者魂を身近で見れたことは、一生の宝です。 さて、博士学位をもらっても、当時の男社会の日本では全然就職がありませんでしたから、日本を脱出してフランスに行きました。 そこら辺の経緯はいろいろありましたが、別のところに書いております。 とにかく、私はフランス語をまったく知らなかったわけです。 ABC(アーベーセー)も知らずにフランス行きを決めてしまいました。 、たまたま百万遍に関西日仏学館(現アンスティチュ・フランセ・関西)があったので、「Je m’apelle Yoshiko.」から学んでフランスに乗り込んだわけです。 まあ、何とかなるやろと思っていたのですが、何ともなりませんでした。 フランス人は、必ずフランス語でものすごくしゃべってきます。 「フランス語、わかりません」といっても、許してもらえませんね。 もうこうなったら笑って逃げるしかない、私のフランス生活はそういうところから始まりました。 


写真に映っているのは、私が行ったルドワラン(Nicole Marthe Le Douarin)先生の研究所です。 (資料)最初、怖いことばっかりでした。 言葉もわからんし…。 食べるものは美味しかったですけど、最初は食べ物もあまり喉をとらずダイエットに成功しました。 もっとも、すぐにリバウンドは来ましたけどね。 この人が、その時の先生のルドワランさん。 (資料)第2回の京都賞(先端技術部門)を受賞されたり、岡田節人先生と親友というようなご縁もあって、彼女のラボ行きを決めました。 でもいざポスドクとして彼女のラボにいってみると、最初からフランス語攻撃でやられるし、私は全然わからへんわで、うすのろのバカのようになってしまうわけです。 これ見てください。 彼女は所長なんですが、所長室には、スライドでお見せしているようにヒョウまるまる一頭の毛皮が、頭を下にぶらーんとぶら下げてあるんです。 私も、そのうちこんなふうに内蔵をえぐられて逆さ吊りにされるんじゃないかと、とんでもなく恐ろしい想像に捉えられたものでした。 でも、それだけ怖かった分、私なりに頑張って知恵をつけまして、たとえばディスカッションに行く時には、前日にフランス語で予行演習をするとか、そういう努力はやりました。 


写真に映っているのは、私が行ったルドワラン(Nicole Marthe Le Douarin)先生の研究所です。 (資料)最初、怖いことばっかりでした。 言葉もわからんし…。 食べるものは美味しかったですけど、最初は食べ物もあまり喉をとらずダイエットに成功しました。 もっとも、すぐにリバウンドは来ましたけどね。 この人が、その時の先生のルドワランさん。 (資料)第2回の京都賞(先端技術部門)を受賞されたり、岡田節人先生と親友というようなご縁もあって、彼女のラボ行きを決めました。 でもいざポスドクとして彼女のラボにいってみると、最初からフランス語攻撃でやられるし、私は全然わからへんわで、うすのろのバカのようになってしまうわけです。 これ見てください。 彼女は所長なんですが、所長室には、スライドでお見せしているようにヒョウまるまる一頭の毛皮が、頭を下にぶらーんとぶら下げてあるんです。 私も、そのうちこんなふうに内蔵をえぐられて逆さ吊りにされるんじゃないかと、とんでもなく恐ろしい想像に捉えられたものでした。 でも、それだけ怖かった分、私なりに頑張って知恵をつけまして、たとえばディスカッションに行く時には、前日にフランス語で予行演習をするとか、そういう努力はやりました。 


では、いよいよ、これから本題の「発生の世界」にご招待したいと思います。 


例えば、こういうものがあります。 (資料)ここに一本の棒があって、みたらし団子のようなものがあります。 これはトリのケースですけど、私たちヒトも同様です。 ここでいう「棒」は、できたばっかりの脊髄です。 その棒の脇にボコボコってあるみたらし団子のようなものは「体節」とよばれる組織でして、これもとても重要なものです。 なぜかといいますとですね、この体節から筋肉ができます。 それから、背骨や肋骨も体節から作られます。 背骨や肋骨は節構造であることに注意してください。 これを分節構造といいます。 あ、こんなものが出てきましたが、(資料)アスリートの割れた腹筋。 ウエッブから取ってきた写真です。 ここにおられる皆様は、今日からこれを「割れた腹筋」とは言わないで、「分節した腹筋」といってくださると嬉しいです。 


これから「分節のミステリー」のお話に入ります。 みたらし団子みたいな体節が何十コも並んでできてます。 トリの場合は57個、ヒトは45個、マウスは65個、ヘビは300個以上もつものもいる。 では、発生が進むとき、これれの分節はどうやってできるのでしょうか。 えーっと、クイズをしたいと思います。 私たちの「みたらし団子」が繰り返してできてくるしくみについてです。 大きく分けて二種類考えられるのではないでしょうか。 一つは、羊羹のように、端から一定のリズムでパコパコパコパコと切れるというパターン。 もう一つは、ゆで卵のように、一気にガチャーンと切れるパターン。 さてどっちでしょう。 二択で手を挙げてください。 ————ああ、きょうのクオリア参加者は、ゆで卵式の支持が多いですね。 はい、答えはですね、実は、脊椎動物は羊羹式なんですね。 一方でゆで卵式で分節する動物もいます。 ショウジョウバエなんかはそうです。 といって、虫は全部ゆで卵式かというと、そうでもありません。 いろいろです。 


では、羊羹式の分節についてもう少しお話しましょう。 ここにマンガが出ています。 これ、真ん中が脊髄だと思って下さい。 前の方から、体節が、チョッキン、チョッキンと切れていく様子がわかります。 ひと続きの長細い組織を、前の方からはさみでチョッキン、チョッキンと切る感じ。 しかし実際の胚のなかには、はさみなんかがあるわけないですね。 じゃあハサミの正体は一体何なんなんだ、と考え始めると、私たち研究者は、興奮して夜も寝られなくなるわけです。 


分節時計と「はさみ」活性


これは、いわゆる分節ハサミの正体をあばく実験の様子です。 この紫のところ、これは、“次にここが切れるよ”、という場所です。 で、私達はこの紫の細胞が「はさみ細胞」かもしれないと思ったわけです。 ではそれを証明するにはどうするのか。 この紫のところを顕微鏡の下で、細い針をつかってほじくってきまして、それを別のトリ胚の中に移植します。 このとき、黄色で表されている「普段は絶対切れないところ」に移植します。 今例えば、切れるところをマイナス1・0、マイナス2・0というふうにしますと、マイナス1・5、つまり・5のところに植えたわけです。 で、答えはどうなるか・・・という前に、コマーシャルみたいですけど、楽しいものをご覧いただきます。 実際に、どういうオペをやっているかという画像です。 (資料)まず、窓を開けた卵に、上からライトをあてて、顕微鏡で覗きます。 前々日に孵卵器にいれたもので、こんなエンブリオが出てきます。 血が流れてますけど、もちろん血管も少しずつ発生してくるわけですね。 私たちの研究室では、最先端の技術を使った分子生物学をやっていますので胚の遺伝子操作もしてますが、トリ胚の場合は人工的な操作をしたあとに、あけた窓にセロテープの封をしてそのまま孵卵器に戻しますと、理論上はピヨピヨピヨと孵ってきます。 ですから遺伝子操作の効果が生きたままの胚の中で観察できるのです。 


実際のオペの様子のビデオです。 (資料)今、卵に窓を開けました。 開けただけだと、真っ黄色の卵黄しかみえません。 そこで、手製の細いガラス管を使って黄身の中に黒インクをいれます。 胚はいつも黄身の上に浮いているので、胚の真下にインクを入れます。 右側に黒くなったところがエンブリオ。 これは前日に孵卵器に入れたもので、まだ一本の筋の状態です。 とても小さいです。 (資料)これは、5日前に入れた胚です。 もうすっかり大きくなって肉眼でもはっきり見えます。 黒いのが目玉で、とてもでかく見えてます。 ピンセットでブッブッブッと突っ突きますと、うりゃ~っと体が反応して動いてきます。 心臓がドクドクしています大きな顔と脳みそがどんどんと発達している最中です。 ここにあるのが手ですね。 ここていう「手」とは、将来翼になる元の組織です。 これ、まだドラエモンの手みたいに、ミトン手袋みたいですよね。 血管もよく見えてます。 


この、エンブリオを、シャーレの中に取り出しますと、もっとくっきりと観察することができます。 室温になって、ちょっと寒いのか、心臓の拍動がゆっくりになりました。 非常にきれいな顔をしています。 トリ胚は体のサイズに対して、目玉がでっかいんですね。 


では、先ほどの分節バサミの話にもどります。 マイナス1の細胞をマイナス1・5に植えたら、植えたところで新たな切れ目が出来ました。 (資料)右側が、ホンマモンの写真です。 このことは、もともと植えた濃い紫の細胞に「はさみの活性」があったということを意味します。 つまり、本来、私たちの体で体節が、ポクポクポクと切れていく時には、“さあ切れるぞ”といったある決まった場所で、細胞と細胞が話をします。 今、たまたま、黄色と灰色1個1個でシンプルに描きますと、黄色と灰色の細胞が「おい、おい、そろそろ切れるぞ」と会話をするのです。 そうすると、黄色と灰色細胞の間に、隙間(ギャップ)が出てきます。 私たちはさらに、「ハサミ」として働く遺伝子も突き止めました。 「エフリン」という名前の付いている遺伝子です。 これさえ働けば、二つの細胞の間に隙間ができて、分節構造がつくられるのです。 


エフリンがどうはたらくのかがとても面白いので、少し説明しますね。 (4㌻中から)。 いまここに、二つの細胞がいます。 ちょっと擬人化されています。 四角いピンク細胞で、エフリンのタンパク質が働いているとします。 でもエフリンにまつわる「ドラマ」が起こるためには、相棒細胞が必要なんですね。 つまり青色細胞とピンク細胞がペアになって、初めて上手く機能します。 青細胞には「Eph」という名前が付いている遺伝子が働きます。 エフリンも、Ephも、細胞のヘリで働く蛋白質となります。 もう1つ大切なことは、この二つの細胞が、ちょっとだけ触れ合う必要があります。 さて、両者がちょっとだけふれあいますと、それぞれの細胞がお互いの存在を感知して、次の瞬間に違いが遠く離れるようになります。 ここでは、細胞が互いに「バイバイ」といっています。 このような「バイバイの働きをもつものを総称して、「反発分子」と呼びます。 反発分子は、脳がしっかりと作られる時にも威力を発揮することがわかっていますし、腸の形成にも重要です。 


エフリンの活性化が「ハサミ」の正体


「体はシャーレでない」っていうのは、生きものを見ないと、なかなかよくわからないよ、ということを意味しますが、ここで再び、さっきのルドワランさんに登場してもらいます。 彼女がやったのは、とにかくすごいことです、このアニメは私達の脊髄ができる瞬間を示してます。 水色のガスホースみたいなのは、できたてホヤホヤの脊髄です。 そこに、ダークブルーのパラパラ細胞が出現してきました。 実はこのパラパラ細胞がものすごく重要な細胞であることを、ルドワラン先生が見つけられたのです。 これは、私たちヒトをふくむすべての脊椎動物にみられる末梢神経の大元の細胞です。 加えて私達の皮膚にある色素細胞も、全部、このパラパラ細胞から出来てきます。 ルドワランさんの発見をまとめた教科書は、哺乳類にもそのままあてはまりますので、臨床の医者もふくめて、生物医学に携わるものにとってバイブルのような存在となっています。 


このパラパラ細胞は「Neural Crest」という名前がついてます。 この細胞の一番の特徴は、体のなかをあちこち動くということです。 もちろんきちんと決められたルートのそってきちんと動いて、最終的に神経を作ったり、体の皮膚に出てメラニン色素をつくったり。 これは、脊椎動物にしかない細胞群で、動物の進化を考えるとき、もっとも重要な細胞のひとつです。 つまり、脊椎動物が発明した一大イノベーションといってよいでしょう。 だって、顎が丸ごとNeural Crestで作られるのですよ。 もう一つのびっくりは、私達の五臓六腑で、このNeural Crestが侵入しない臓器は1個もないんです。 Neural Crestがうまくはたらいてくれないと、臓器不全につながるでしょう。 このような見方での研究は今後ますます盛んになってくるはずです。 つまり胃腸がわるいからといって、胃腸の細胞ばっかりみてたら片手落ちということです。 胃腸にはNeural Crest由来の神経が非常にたくさん侵入してがんばっています。 Neural Crestと胃腸とのコミュニケーションが重要であることがこれでおわかりになったと思います。 このことはじつは、日常生活でだれでも経験しているのです。 自室神経失調症だと胃腸の調子がおかしくなるーー自律神経はすべてNeural Crestからできているのです。 


さて、細胞の「移動」について少しお話しましたが、今度はこの移動を発展させて、次のように考えてみてはいかがでしょう。 「がん細胞」の登場です。 このアニメをご覧ください。 ピンクのところが、少しがんっぽくなってもこっとしています。 細胞の社会のルールを逸脱して、大分悪い細胞になったというイメージですね。 転移も、ちょっと始まった瞬間です。 アニメが動きます。 細胞がポッポッポッと、動いてますね。 動いたあげくに、血管に入ったものがここにいます。 この細胞はちょっと怖いですね。 だって、これらが血流にのって体のあちこちに転移していくのですから。 がんは、まず細胞の社会が破綻した細胞としてみることができます。 でも、それだけなら、まだ 100歩譲れる、だって、単に腫瘍なら、外科手術で切り取ることができるはず。 でも一番厄介なのは、血管やリンパ管にはいっていく奴らです。 このとき、かゆいやら痛いなどの自覚症状があればよいのでしょうが、都合の悪いことに、これらはこそーっと人知れず動いていくわけです。 ほんまに「悪い細胞」だ!・・・と思いたいところです。 


しかしならが、このように体の中を動くガン細胞も、もとは正常な細胞だったわけです。 最近の研究から、ガン転移と、先ほどおはなしたようなNeural Crestの移動を比較すると、なんと結構共通の仕組みがあることがわかってきたのです。 つまり、ガン細胞は、本来正常な細胞がもっているしかけを「うまく」つかって、のうのうと体の中を転移していくのです。 私はここで、ガン細胞とNeural Crestを、あえて同じ土俵で考えてもいいんじゃないかということを提案したいと思います。 


私たちの体が正しく作られるために必要な細胞移動のしくみが、ちょっと悪用されるようになってガンの転移がおこると考えても良いのではないか、ということです。 このことは、がんを撲滅するのだ、といってがんばっかり見ていても不十分じゃないだろうか、ということを意味します。 正常な細胞や本来の体作りで何がおこっているかをきっちりみることが、ガンを含めた様々な病気の原因解明につながるわけです。 ぱっとみ、役に立ちそうなことではない学問からの方が、実は大きなブレークスルーがでているともいえます。 私達は発生生物学の研究をとおして、このような基本的な仕組みの解明をめざしているところです。 


神経を包み込むシュワン細胞


細胞の面(つら)を見ながら考えると、今まで誰も考えたこともないような大発見につながるという、もう一つの例を出して見たいと思います。 (資料)このスライドで映っているのは、私たちの神経です。 神経細胞から長い軸索がビーンと伸びています。 長いものは1㍍ぐらいあるんですね。 神経軸索は、ここで、シュワン細胞と書いてある、このウインナーみたいなものに包み込まれてます。 シュワン細胞って絶縁体のようなもので、このおかげで信号が早く伝わるんです。 火にふれて「熱ッ!」て手がパッと引っ込むのは、このおかげ。 シュワン細胞がなかったら、手を引っ込めたときはもう火傷してるかもしれません。 シュワン細胞の電顕写真でその断面を見ると、こんどはバウムクーヘンのようにみえますね。 特殊化されたきれいな細胞なんです。 


さてこの画を見ると、シュワン細胞はきちっと並んでいるのが見えます(資料)。 しかし、シュワン細胞にもいろいろなものがあります。 きちっと並ばないのがいる。 言うなれば、はみ出し者、愚図な細胞がいるんです。 これまで、研究者はこんな「はみ出し者」は相手にしなかった。 ところが、ある時概念が大きく変わりました。 少なくとも私には、ショッキングな論文が出ました。 それは、この「ハンセン病」に直結するストーリーでした。 ハンセン病は、人類が人工的に起こした最も恥ずべき差別にまつわる、そういう病気といえると思います。 癩菌が感染すると、いろいろなところ、とくに体の表面、つまり外からわかりやすいところにいろいろな症状がでてくるわけです。 ところが実は、この癩菌の感染率は非常に低いということも、現代科学と共にでわかってきました。 科学的かつ論理的な知識がないゆえに、差別が差別を生んだという暗い歴史を私たちは忘れてはいけないわけです。 この癩菌が感染すると、感染率が低いとはいえ、ある一定の確率では、非常に重篤な症状につながることがあります。 骨までこういうふうになってしまいます。 


実は、先ほど紹介した、シュワン細胞の中のはみ出し者が、ここで大活躍をするわけです。 つまりきちんと並んだ“ウインナー”になりきれなかった、フニャ~っとした細胞が、ヒーローだったのです。 この研究は、最近スウェーデンの研究者によって発表されました。 癩菌はレプレ菌とも呼ばれるのですが、(資料)こいつがターゲットにするのは、はみ出し者のシュワン細胞だったわけです。 そこだけなら、まだあの病気を説明ないのですが、なんと、このレプレ菌が感染した細胞は、iPSも真っ青の(!)、初期化をするのです。 iPS細胞も、山中因子をかけたら初期化するっていいますね。 それと同じようなことがシュワンはみ出し細胞でおこることがわかりました。 その論文を読んだとき、私は椅子からひっくり返りそうになるくらい驚いたと同時に、感激しました。 


「はみ出しもの」に注意せよ


レプレ菌によって初期化されたシュワン細胞は、こんどはかなり悪さをするようになります。 まず体のいろいろなところに運ばれていきます。 つまり細胞の移動です。 それだけならまだいいですけど、そこで変なものを作る。 細胞分化がめちゃくちゃになるのです。 ですから、レプレ菌感染細胞が体表に運ばれた場合には、その人の見かけはひどいものになるでしょう。 あるいは筋肉に侵入して正常な筋肉を蝕む。 骨に入ったケースは、遺骨サンプルからその悲惨さがよく観察できます。 たとえば骨を容赦なく溶かすわけです。 まったく秩序を無視した無法者です。 初期化したあと、ある程度分化するとはいえ、とんでもない悪者です。 シュワン細胞は、レプレ菌に「ハイジャック」されたのです。 このハイジャックに、人類は非常に長い間苦しめられてきた。 想像を絶する、あってはならない差別が平然と横行していたことになります。 しかし今、サイエンティフィックなレベルで一つ一つ明らかになりつつあり、そのおかげで人類のレプレ菌とのつきあい方も大きな転換点を迎えてます。 、私は、大いにこの論文を讃えたいと思います。 


最後に、私たちの発生生物学を、生き物全体のなかで位置づけてみたいと思います。 発生生物学はとても大きな学問です。 まず、地球上に今や1000万種以上もいるといわれる生き物。 その多様性を裏付けているのは、それぞれの種の個体発生です。 種が存続するには、その生き物が卵を産んで、そこから発生がうまくすすんで親になるというサイクルがまわらなければなりません。 黒いクマの集団からたまたまパンダみたいなのがでてきても、それは突然変異ででてきても、それは新しい種とはいいません。 私たち分子発生学者は、その個体発生がどういうふうにして進むのかという研究を一生懸命やっております。 そしてこの研究の発展性として、では多様性はどのようにして生まれるのか、という大きな問いへの挑戦があります。 つまり、異なる種は、ある日突然でてくるのではなく、何億年、何十億年という、なが〜い時間をかけて、少しずつ少しずつ変化します。 なにが変化するかというと、個体の発生の様子が少しずつかわっていくのです。 少しふれましたが、トリやヒト、マウスは、それも皆、初めはドラえもんのような手足をつくります。 それが、トリだと手羽先みたいになるし、ヒトだと5本指になっていく。 つまり、ドラえもんのような手をつくるという、基本パターン(グランドデザインともいいます)がまずあって、その次に、それをいろいろ変化させることによって、さまざまな格好の手足が生み出された、と考えられます。 このように、発生の段階こそが、生き物の多様性を生む「場」なのです。 


もちろん、これらの発生過程の変化の裏には、DNA(遺伝子)の変化が重要であることはいうまでもありません。 しかし、遺伝子が変化したからといって、すぐに発生過程や形の変化に直結するわけでもありません。 形を作る主役である細胞の働きが変化してこそ、生物多様性うまれるわけです。 そしていろんな生き物が相まって、地球の環境に支えられて、全体の生態系をつくりあげているのです。 


オリジナリティこそ命


これで、そろそろ終わりにしたいと思いますが、最後にルドワランさん。 (資料)きょうは最初の方は「ワルモノおばさん」として出てきましたが、実は今、世界でもっとも尊敬しているのが、ルドワラン先生です。 科学における母親だと思っています。 今の私があるのは、彼女のおかげです。 彼女にいわれた言葉が、いまでも鮮明に心に残っております。 「Yoshiko, do what other people don’t do!」です。 私が、あるディスカッションでうだうだ言っていた時、彼女にガツンといわれた言葉。 つまり、「オリジナリティーこそ命。 人と同じことやっていてもしょうがないだろう、ヨシコしかできないことをやりなさい」ということなんですね。 ああそうかと思いました。 私達でしかできないおもしろいことはなんだろう。 私達でないと解決できない重要問題とはなんだろう。 これらのことを考えながら悩むとき、常にルドワラン先生の言葉を思い出します。 


今日は発生生物学の話題をとおして、私達基礎生物学者がなにを感じ、何に悩み、なにを夢見て研究しているかについてお話させていただきました。 いろんな暗い話題が行き交う昨今ですが、99.9パーセントの基礎研究者は、誠実に努力し、寝る間も惜しんで一生懸命やっています。 基礎でがんばる研究者へのご理解を頂けますと本当にありがたいです。 





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