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第4回クオリアAGORA_2014/精神科在宅ケアから学ぶ統合医療



 


 

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第4回クオリアAGORA 2014/精神科在宅ケアから学ぶ統合医療/日時:平成26年9月25日(木)18:00~21:00/場所:京都大学楽友会館会議場-食堂/スピーチ:高木俊介(精神科医 ACT-K主宰)/【スピーチの概要】2025年には全ての団塊世代が後期高齢者の仲間入りをして、4人にひとりが後期高齢者という超高齢社会を迎えます。 人口問題を考える3回目は、日本で初めて在宅ケア専門の精神科医療サービスを京都で立ち上げ、病院に閉じ込めるのではなく自宅で治療、リハビリテーション、社会復帰や就業支援などを続ける精神科医の高木俊介さんを迎えます。 この精神科医療サービスから、医療と福祉の新しい結合を図ることにより従来の病院依存型ではないこれからの高齢者医療の仕組みをどう整えるかを考えます。 /【略歴】高木俊介(精神科医 ACT-K主宰)1957年広島県生まれ。 85年京都大学医学部卒業。 大阪の私立精神病院、京都大学医学部付属病院精神科などに勤務。 精神科臨床を行いながら、総合失調症の精神病理を研究し、精神分裂病の病名変更にかかわり、2002年「統合失調症」として正式決定される。 04年たかぎクリニックを立ち上げ、チームによる精神障害者の在宅ケア、更に就労支援に奔走。 




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長谷川 和子(京都クオリア研究所)


「クオリアAGORA」は、スタートして今年で3年目なんですが、今回から、会場をこの京大楽友会館に移させていただきました。 聞くところによりますと、1960年代から70年代ぐらいにかけて、梅棹忠夫先生を中心に「近衛ロンド」といって、人類学を研究する様々な分野の方々が毎月集まって遅くまで活発な意見交換が行われたといういわれのある場所だそうです。 


きょうも、その近衛ロンドに参加していたという方が3人いらっしゃると聞いております。 そのころは、夜の時間制限もなかったんですが、今は、午後の8時半までという決まりになっております。 これからの3時間半を有効に使って、充実した内容にしていきたいと思います。 


きょうのテーマは、「精神科在宅ケアから学ぶ統合医療」、スピーカーとして精神科医の高木俊介先生にお越しいただいております。 どうも今まで、私たち日本人は、病院に全てをお願いして、というところがあるのですが、いやいや、実は、もっと家庭で、地域で、あるいは医師を中心とした地域のネットワークで取り組むことが大切よ、ということを、高木さんのお話を通じて、みなさんとともに考える機会にしていきたいなと思っております。 


京都大学との共催で開催しているクオリアAGORAですが、この10月から京都大学の総長に就任されます山極寿一さんは、これまで、ほとんど皆勤で出席をして頂いております。 そんな訳で、ちょっと無理をお願いして山極さんにご挨拶をお願いしたいと思います。 



山極 寿一(京都大学大学院理学研究科教授)


今、長谷川さんから近衛ロンドの話が出て、懐かしく、胸がざわついています。 学生時代、いろんな分野を超えて各ジャンルから人材が集まり、わいわいやる気運が高まったんですね。 途中で途絶えてしまいましたが、私も学んだわけですが、そこで育った人たちが各分野で活躍しておられます。 そういう人たちが、再び集まってきてこのクオリアAGORAで討論ができるということで、未来が拓ける思いがして非常に喜んでおります。 


クオリアAGORAを京都大学に移し、第1回目のスピーカーとして高木さんをお招きいたしました。 高木さんは前から知っているんですが、在宅医療で有名な精神科医でありながら、地ビールづくりからスナック経営までいろんなことをされ、コミュニティにさまざまな関与を続けておられ、大変忙しくされている方です。 私と高木さんなんですが、精神科医として家族の問題を研究しておられる高木さんから、家族の起源を研究しておる私のところに一緒に討論しないか、とお誘いを受けたのが出会いの始まりでした。 家族の問題も含め、それに関わる、心、体のケアといろんな研究を深めておられますので、きょうは深い議論ができるのではないかと期待しております。 




※各表示画像はクリックすると拡大表示します。    

スピーチ 「精神科在宅ケアから学ぶ統合医療」

≪高木氏 資料ダウンロード (576KB)≫


精神科医 ACT-K主宰 高木俊介氏

精神科医 ACT-K主宰
高木 俊介氏


私も、ここに学生時代出入りしておりまして、とても懐かしい。 パソコンも置いてないというボロさも、昔と一緒だなと思って…。 


実はですね、精神科の内情というのは、皆さんあまり馴染みがないと思いますので、短い時間ですけど、日本の精神医療の現状から、まず話をさせていただきます。 精神科ですが、鬱病とかそういう病気については新聞やテレビでもいわれるのですが、特に「統合失調症」のことはあまり知られていません。 これは、昔は、「精神分裂病」といわれていたものです。 余りにも差別的な名称なので、私は変えないといけないと思い、統合失調症という名前を考え、10年ほどかかってやっとこの名前に変えました。 それでも、まだこの病気の認知度は低いです。 実は、精神医療の中では一番重要な病気なんです。 なぜかというと、われわれには、全く馴染みがないのに、100人にひとりの病気だからです。 どうしてこんなに多い病気が、私たちに馴染みがないかというと、ひとつは、まだまだ、日本では、差別、偏見が大きいので、そういう病気ということを家族がほとんど隠します。 今、テレビなんかでは、統合失調症ということをカミングアウトして活躍するタレントも出てくるようになったくらい変わっては来たのですが、まだまだ、日常生活の中では馴染みがない。 それは、なぜかというと、ほとんどの人が入院しているからです。 


日本には精神科のベッドは35万床あります。 これはどのぐらいの数字かというと、われわれは骨折やお産とかで入院したりしますが、そういう入院施設のある日本の病院にある全てのベッド数は150万床です。 このうちの35万床、つまり、病院のベッドの4つに一つは精神科にあるわけです。 これは、すごい数字です。 なのに、誰も知りませんね。 それもそのはず、病院は、山の中、人里離れたところにあるからです。 そこに入院すると、地域との交わり、普通の社会との交わりが全くなくなってしまうんです。 まるで収容所ですよ。 


それで、どうなっているかといいますと、画面に、諸外国の人口1000人あたりの精神病床のグラフを出しております。 (資料)諸外国では、1970年を境に、全て減っていっております。 なぜかというと、1970年からは、世界的な高度成長に入ります。 その高度成長をもってして、ほとんどの国が、地域で障害者が暮らしていくということをやっていきます。 病院に入院させておくのは、非常に不経済だというわけです。 ところが、日本だけ、反対のことをしました。 朝鮮特需の後に高度成長が始まってから、どんどん精神科病院の入院者数が増えます。 現在、人口1000人あたり、2・9人が精神科病院にいます。 諸外国の平均は1000人に0・5人です。 



しかも、それが、グルグル短く回転しているかというとそうではないんです。 (資料)これは、平均在院日数という、だいたいの入院の長さを表すものなんですが、諸外国は全部100日以下。 しかし、日本では、300日です。 つい10年前までは、500日、700日。 私が精神科医になったころは、700日でした。 これは何とかしなければならないということで、500、300日になったといえればいいのですが、実は、長期入院の方が死んでいる。 そのために、入院期間が短くなっているということです。 実際には、現在も、平均在院日数1年以上5年未満入院している人が35万床のうち半分以上。 3分の1の人が5年以上で、一生入院するという人もざらにおります。 その中で、今日の話にも関わってくるのですが、35万人のうち5万人は認知症です。 つまり、最近になって老人が増える中、どんどん、精神科病院に入院する認知症の人が多くなっている。 人口がこれだけ減ってくると、統合失調症は若い人の病気なので、少なくなってきます。 ですから、精神科病院の35万床に空床ができたのです。 そして、今は、その空床ができればできるだけ、どんどん認知症の人を入れています。 だから、精神科病院の35万床というベッド数は減らないわけなんです。 これが精神科病院の現実です。 


何故、そういうことになっているかというと、日本の高度成長の時に人口移動を起こさないといけなくなった。 それまでの石炭産業から石油産業に変えていかないといけない。 ですから、石炭産業と農村から都市への人口移動が起きます。 ちょうど、全国総合開発計画が策定され、農業基本法ができた時に、人口の大移動がありましたその時何が必要だったか。 障害者が家にいては人口移動ができなくなるわけです。 もともと日本は、障害者や精神病者を地域と家庭で看ていたんです。 それには、いい面も悪い面もあったのですが、とにかく戦前は地域と家庭に全てを任せていたんです。 これが、高度成長時代になって、それでは人口移動ができないというので、全ての障害者を施設に収容することになりました。 身体障害者と知的障害者、それから精神障害者。 で、身体障害者と知的障害者は施設に入れます。 知的障害者の場合は、コロニーといって、全体を知的障害者だけの村にする。 そういうことを日本各地でやった。 精神病の場合は、これは当時は障害ではなく病気だということで、施設ではなく病院に入れます。 画面で示していますように、(資料 図59)それまでは、病院の数も少なかったわけですが、1950年、高度成長が始まる時から、1975年の高度成長が終わるまでの間に急増して、今1500ある精神科病院のほとんどがこの期間にできています。 



そういうふうにして、障害者をどんどん収容していったのですが、身体障害は、1970年、諸外国の影響を受けて、「脱施設化運動」が起こります。 そのおかげで、車いすで街に出られるようになります。 その影響はすごく大きくて、われわれが、まもなく歳をとって足腰弱った時、車椅子を使えるのは、この身体障害者の運動のおかげなんですね。 1970年頃というのは、まだ、大新聞にすら「障害者が、人手を使って旅行に行きたいなんて、不真面目だ」なんて投書が堂々と載るくらいでした。 まだ、そういう時代だったんです。 


知的障害の子どもを施設にあずけて高度成長を遂げた親たちは、自分たちの子どもを引き取りたくなります。 ただ、それが、なかなかできないのは、人間というのは、施設に1年も入っていれば、自発性がなくなります。 他人の規則や基準に従ってしか動けないようになっちゃうんです。 「施設症」といいます。 だから、家に引き取ることができないので、親たちは愕然としたんです。 それで、もっとちゃんと地域の中で、最初から障害者の自立をはかるべきだという運動、つまり、コロニーの解体運動が起こったのです。 


ところが、精神病だけは、そうならなかった。 精神病、特に統合失調症は、20歳から30歳で発病しますから、親たちが、もう既に老齢化しています。 障害を抱えて一生生きていかないといけないことが多いのですが、その世話を担ってきた親が、既に70、80歳で、社会運動をしていく力がないんです。 それから、精神病というのは非常に怖いものと思われていましたから、そういう人たちなので、権利主張などはできないというふうに思われていまして…。 今の今まで、精神病に対しては偏見だらけなんですね。 


だけど、精神病、統合失調症の方が、非常に怖いもんだというのは間違いです。 犯罪率は、われわれ健常人より低いです。 統合失調症という病気は、どんどんエネルギーがなくなっていきますので、犯罪を起こすエネルギーもなくなります。 人との関わりもそうで、犯罪に一番深く関わる愛憎関係、それから金銭に対する執着もありませんから、金銭やそういうことでもめることもなくなって犯罪率は非常に低い。 ただ、家庭環境の中で、親との軋轢が非常に強くなるし、そのために家族内で親を殺すとか、そういう事件が時に起こります。 そして、それだけが、マスコミに取り上げられて、「精神病者の犯罪が多い」という印象を与えていますが、実は少ないのです。 そして、もし、そういう事件を起こしたとしても、同じ犯罪を繰り返すことはない。 再犯率は非常に低いですね。 日本の場合、刑務所に入って出てきた人の再犯率は非常に高いのですが。 精神障害者の場合は、そういうことはない。 それなのに、精神障害者にはどうしても偏見があって、押し込められたままになっているんです。 「精神病者は怖いから、外に出しちゃいけない」ということになる。 


こういう社会を作ってしまったので、われわれには、精神病がどういうものかわからないのです。 それは隠さないといけないというのが未だにある。 今、鬱病がずいぶん認知されましたけど、20年前なら、この鬱病ですら、会社に鬱病の診断書出したらクビになっていました。 統合失調症に関しては、そのころと殆ど変わっていません。 とにかく、精神的な病気っていうものに対する偏見が、日本ではなかなか抜けない。 そのために自分が、鬱になった時、あるいは非常に悩み、落ちこんだ時、相談できる場所っていうものがないんですね。 だから自殺が多いんです。 もちろん自殺の一番の原因は経済的なものです。 だけども、その経済的なところから抜け出しきれず最後の最後になって自殺というのは、精神的な苦悩から助けられないということであって、精神病に対してわれわれに馴染みがなくて、支援、援助の仕方につながらないということなんです。 


もうひとつ、今日の話に関係あるのは、それは認知症問題です。 今、認知症患者は800万人になるといわれています。 実は、これ、400万人というのがほんとで、残りの400万人は予備軍です。 予備軍って何かというと、早期の認知症、認知症になりかけの人だということですが、なりかけの人は認知症にならず治ることもあることはわかっているんです。 なぜ、それを認知症というのかというと、製薬会社の宣伝です。 認知症の薬を売らんがために宣伝するんですね。 鬱病もそれと同じです。 800万人という数字を鵜呑みにはできないですけど、それでも400万人というのも、これはすごい数字です。 


認知症は、自分は関係ないと思っているかもしれませんが、加齢によって認知症になります。 脳トレが流行っていますけど、歳を取ったら効果はどうでしょう。 認知症の唯一の間違いない原因は歳をとることです。 これまでは、認知症になるまでに、人間はほとんど死んでいたんです。 高齢化時代で、これから死ぬ前に認知症になってしまう人がどんどん増えます。 認知症になるとほとんどの人に、幻覚、妄想が出ます。 一過性ですけれども、1年か2年の間、病気が進んでいく経過の途中に出てきます。 その時の幻覚、妄想に対してわれわれは免疫がなくなっちゃっているのです。 幻覚や妄想を持った人とうまいこと付き合って、受け流したり、気をそらしたり、そういう作法がこの社会からなくなった。 幻覚や妄想が出たら、すぐお手上げです。 精神科病院に行ったって、精神科の医師のやれることはしれています。 幻覚、妄想で騒いだら薬で抑えて…。 でも、老人に安定剤を使うと、あまり安定剤使った経験がないから、みんなフラフラになってしまう。 結局、精神科病院に入院ということになる。 こういうことが、精神科の現状の中で起こっているんです。 ですから、こういうことがどんどん進んでいくのを防ぐためにも、を、精神障害の人が入院して施設症になって病院の中で朽ちていく、あるいは、地域社会の中で孤立していくことを、何としても防がなければいけないんです。 


なにせ、100人にひとり、必ず出てくるのが統合失調症。 鬱病もある。 今の社会では、鬱病は慢性化します。 それから「発達障害」も増えています。 これまでの社会だったら、漫画の「おそ松くん」の世界にあるように、発達障害の人なんて、いくらでも地域の中に散りばめられていたんです。 ところが、今は、そういう人の受け皿がなくなってしまった。 コツコツやっていく職人的職業がなくなっていって、全て対人関係抜きにはできない職業ばかりですから、発達障害の人はどんどんどんどん浮いていくんです。 そして、そういう人の多くが、精神科病院に入院することになってしまいます。 


在宅医療なんですけれども、本来、医療は在宅です。 なんで、病院が増えたかというと、19世紀から20世紀にかけ、医学が発達し、抗生物質ができたことが大きい。 それから、衛生という考えで、消毒するようになったから、手術とか出産とかも、それをちゃんと病院で失敗しないようにやるようになった。 で、医学的知識がどんどん高くなるから、医学の知識を持っているスタッフが中心にいて、そこに、ピラミッドの如くいろんな役が積み上がり、病院を中心とした中央集権体制的な医療のスタイルが出来る。 それをやらないと、そういう病院を作っていかないと民衆が納得しない。 国民国家が維持できなかったわけですね。 だから、国民国家が、こぞって病院を作った。 それが、今、われわれが持っている病院のイメージです。 


ところが、20世紀の後半になって、これが次第に崩れてきた。 なぜ崩れたかというと、人口構成の変化とそれから障害者運動です。 人口構成が変化して、20世紀、先進国は、全部老人だらけになった。 老人だらけになると、私もそうですが、いろんなところが痛くなる。 しかし、病院に行っても病院は何にもしてくれない。 そうなると、病院は病気を治してくれるところではない、役に立たないところだなということがわかるんです。 それと、障害者運動が起こってくると、体に障害を持っていても、体にいろんな不具合を持っていても、質の高い生活支援、援助を受けることができるわけです。 こういうことが当たり前となっています。 これが老人医療の中に入ってきて、老人の病気は、病気ではなく障害なんだ、日常生活の支援が必要なんだってことになります。 それが、今よく言われる「地域包括ケアシステム」です。 そうなってくると、今までの、医者だけが知識を持って、知識の薄い順に積み上がってできていたピラミッドがひっくり返ります。 日常生活をよく見てケアすることが中心ですから、一番知識がないのが、今度は医者というわけです。 例えば、「腰が痛い、腰が痛い」という原因が、レントゲンで見て骨が潰れていることはわかっても、それが、日常生活で畳から起きるのは大変だが、ベッドからなら起きられるということは、医者はわからない。 日常生活を見ている人が、これに関しては一番知恵があるわけです。 このように、地域包括支援、在宅医療の形になってくると、今までのピラミッドがひっくり返されるわけです。 


それと同じことを精神科医療でやろうとしたのが、私のところなんです。 私は今、20人ぐらいのスタッフ、訪問看護師、精神保健福祉士、作業療法士などのスタッフと精神障害の人の家を毎日訪問しています。 これをやっていると、老人の場合と一緒で、あまり医者は必要ないんです。 日本の医療システムで診療報酬は、医者が動かないとお金にならないシステムです。 一番知恵のない、一番方策を持っていない医者が動かないとお金にならない。 未だに医者が尊敬されているらしい。 でも、これ、反対なんです。 アメリカなんかでは、現場にいる看護師が薬を処方する。 権限の移譲が非常に進んでいます。 こうしないと、地域包括ケアは進みません。 日本は、まだ、そこまでいってなくて、また、医師会でも、医者の権威というのを持ちたいから、なかなか進まない。 


精神病は、実は、幻覚や妄想といった何も関係ない自分だけの世界にこもっているというのが特徴なので、いろんな日常生活、人間関係の葛藤とかが症状が悪化する大きな原因になります。 日本の場合、特に、親と別れて自分ひとりで暮らしていくことを推奨する文化がありません。 つまり、障害者の自立とかいわれていますけど、日本では、障害者に関しては、まだまだ「家族扶養」なんです。 だけど、世界的には、障害者は「社会扶養」をする。 障害者を家族が抱えていると経済的にもままならないし、女性の社会進出もままならない。 それ以上に、障害者自身がどんどん自尊心を失っていきます。 家族に世話されていることで、障害者自身の成長がなくなるんです。 精神障害者に悪い影響を与えます。 家族に家の中に隠され、働きたいと思っても働かせてもらえない。 そういうことが起こって最終的には、家族の間のものすごい葛藤になってしまい、家族に対する暴力になってしまうこともあります。 それに対して、在宅ケアでわれわれが入っていって、家族と同じぐらいの時間一緒に過ごしたり、街に一緒に行って映画に行ったり、ドライブしたり、喫茶店に行ったりと、そういうことを何度も何度もやれば、だんだん、親子関係の密接さから離れて、障害者に自立の芽が芽生えてきます。 


そうすると、一人暮らしができるんですね。 それまでは、家族がいなければ絶対生活できないといわれていたような障害を持っている人が、今は、人工呼吸器を抱えながらも普通の社会生活ができるようになっている身体障害者もいます。 それと同じように、精神障害者でも、24時間、家族以外の人が、何かあればすぐに駆けつけられる。 あるいは、毎日ケアできるような体制が整う、そういう所があれば、精神障害者も一人暮らしできるし、一人暮らしで適度な距離を親と保ち、人間関係の葛藤から離れてもらったほうが、うまく症状も落ち着いたりします。 


それから、例えば、一人暮らししている精神障害者の中に、「ものすごい装置があって、自分に電波を流し、自分にいろいろな命令をする」という人がいるわけですよ。 その人は、普段は一人で寝ていて、われわれのスタッフが家を訪問し、話をしたり、必要な買い物をしたりするだけで大概すむのですが、この前、台風の時、パニックになったんです。 「装置が、また出ました」っていうんです。 「装置が、養老院に行けっていうんです。 養老院に連れて行ってください」って。 僕では、どうしようもないから、スタッフに話を聞いてもらったら、どうも、トイレのドアが嵐でガタガタになったことで、「もうこの家には住めない」とパニックになったようなんです。 それで、スタッフがドアを修理したら、パニックが治まりました。 ほとんど毎日のように、こういう経験をするんです。 どうも、精神障害の人は、興奮しきって何を言っているかわからないというふうなイメージがありますけれども、出てきた結果だけを見るからそう思うし、医者も、診察室に悪くなってやってきた結果だけを見るからそうなるのです。 われわれのように、現場で、生活の中で、さまざまなつまずき、葛藤、ストレス、そういうものを常に把握していれば、悪くなってもちょっとですんでしまう。 精神障害者の地域生活は、可能なんです。 


それから、ゴミ出しができない、「ゴミ屋敷問題」が今、話題になっています。 精神障害が原因であることもあり、これから認知症の増加とともに、大きな問題になっていくと思うんですが。 精神障害の人の中には、ゴミを出したら、人に見られる、自分の生活がわかってしまうという恐怖を感じる人がいます。 そもそも、ゴミを出すということができない人もいます。 そういう人には、ゴミを出す支援をするだけでも、相当違うんです。 今までだったら、薬じゃないと治らない、精神科病院で5年、10年入院しないといけないはずだった人たちが、在宅でケアを十分にすれば、落ち着いてきて、地域の中で十分生活できるんです。 そういうことがわかってきました。 こういう活動を、私たちは、20人のスタッフで24時間、365日の体制で続けています。 特に重症の人だけを選んでいます。 これまでは、精神科病院でしか暮らせないと思われていた人たちです。 こんなことを、ちょうど10年続けてきましたが、今、私と同じようなやり方をやっているのが全国に広がっています。 まだ数はすくないですが、いいやり方だというのがわかってきたんだと思います。 


私がやっているのはACT-Kといいまして、「Assertive Community Treatment=包括型地域生活支援プログラム Kyoto」の略です。 多職種によって日常生活を多角的に支援していく。 ACTという小さなチームで継続的に、病院、あるいは診療所、これまでのように、保健所や福祉とかがバラバラにやるんじゃなくて、一つのチームの中で、福祉的なこと、医療的なこと、生活の面倒、金銭的なこと、あらゆることをやります。 で、アウトリーチ―現場に行って、障害者を訪問して行う、いわば出張サービス―それをやります。 現場で、本人、周りの人たちとも話さないと、何が障害の原因なのか、何で困っているのかわかりません。 現場に行かないで診察室や保健所に呼んで話を聞いたりしても、その場で話すだけで終わってしまいます。 こんなことを24時間365日やるんですけど、これを聞いてみなさんひえ~っと思うかもしれませんが、精神障害の方は、日中のケアをきちんとすれば、夜は寝ます。 よく精神科救急とか精神科ERなんて、テレビなんかで、大変なことが起こっているようなことが報じられていますが、あれは、地域に日中のケアがないから、その尻ぬぐいを救急病院がしているのです。 



そういうことを10年やり、今、ちょうど、これから、今後の10年、どうやっていくかを考えておりまして。 ちょっと、お配りしたプリントの最後を見ていただきたい。 これまで「ACT-K-ver.1.0」ということで「重症者ケア・多職種チーム・24時間365日」ということをやってきたわけですが、それを、今後の10年間はだんだん図で示している「ACT-K-ver.2.0」へと広げていきたい。 (資料)これどういうことかというと、もっと地域とつながる。 これまでは、われわれが、重症な障害者を抱え込むようにして、全てのケアをやってきたのですが、それをもっと地域に広げたり、われわれがやっている濃厚なケアだけじゃなくて、それを一部外に出して、今のACT対象者じゃない人にも使っていけるようにしていきたい。 例えば、今、障害者総合支援法というのがありますが、それに束ねられたいろんな施設をつくるんだったらお金が入るので、そういうものを用意して、支援の範囲を拡げていく。 つまり、京都中のいろんな相談を受けて、ACTのような濃厚な支援が必要ではない人にも、われわれの経験でケアマネージメントして、適切な支援場所や支援の体制を地域に整えていくことをやっていこうという事業を始めています。 


そうなるとですね、暮らす場所というのが非常に大切で、われわれ、精神障害者に一人暮らしをさせる、一人暮らしになって、家族から独立して、障害者としてもちゃんと自立し、一人で成長してもらう。 このために住宅を大事にしていて、住宅を探すんですが、これが見つからないんです。 だから、自分たちで住宅が持てるように、グループホームを作るんです。 みなさんは、グループホームというと、障子だけでへだてられたような部屋を思うかも知れませんが、今の障害者総合支援法は、障害者個々人の自立ということを大事にしますから、アパートの1室を用意します。 そこへヘルパーさんがくるようなグループホームを考えています。 それから、これまで自分たちで金を出して、大きな声を出さざるをえない障害者のために部屋を防音にしたことがあるんです。 その人は、それまで大きな声を出すので、いろんなところを追い出されていて、そのたびに症状が悪くなっていたのですが、防音の部屋に変わってよくなりました。 薬より防音の部屋が必要だったんです。 そういう経験もあり、防音の部屋も確保していきたいと思います。 



それから、仕事です。 今、薬ができたから精神障害が良くなるケースが多くなった、というのは、あれ製薬会社の嘘です。 薬は確かに精神障害者とのコミュニケーションをしやすくしますけど、薬がいくらできたって、コミュニケーションが良くなるといっても、それ以上に、精神障害者を良くはしない。 何が、障害者を良くするかというと仕事です。 (資料5㌻にあるように)失業率と退院の率が見事に相関しています。 それから、今話題の自殺です。 自殺を防止するためには、欝になってすぐに精神科にかかりましょうといっていますね、でも、あれは、あまり意味が無いです。 実際に良くするのは、「仕事がある」ということです。 (資料6㌻の表で見ますと)男性の場合は、失業率と相関があります。 因果関係ではなく、あくまで相関しているということですが、これはまちがいない。 



ですから、やっぱり仕事のできる場が大切です。 重症な障害者に仕事の場というのは、どうかというふうに思われる方がいると思いますが、仕事といえば、毎日8時間週5、6日と思うからで、週1日、1時間でも2時間でもいいんです。 ただ、その1時間、2時間分の労働に値する対価がちゃんと出る、そのことが大切です。 今、私たちは畑仕事を一緒にやっていますが、そういうのをやりだすと、本人たちが地図を読むようになる、周りの景色を見て、あの山には登れそうだと、どんどんどんどん現実感を取り戻していくんです。 そういう何か仕事ができないかということで、考えたのが地ビール作りです。 2011年6月から、「一乗寺ブリュワリー」という名前で、ベルギービールを作っています。 こないだ「アジア地ビールカップ」で銅賞をいただき、それなりに地ビール業界では名前が知られるようになりました。 ここで稼げるようになりましたら、ビール作りのいろんな工程や販売などで障害者を雇っていきたいと考えております。 また、野菜も畑で作っており、蛸薬師四条を東にはいったところの店で出している野菜ジュースに使って頂いております。 このように、どんどんいろんな事業を作っていって、そこで障害者に働いてもらえるようにして、全体としてのコミュニティーをつくっていくことを目指しています。 


最後に、ちょっと別の話ですが、お願いがあります。 私は、放射能が懸念されている福島の南相馬市と郡山市の福祉関係者の子どもらを、夏の八丈島で保養してもらう活動「福八子どもキャンププロジェクト」をやっています。 今年で3回目になりましたが、全部で5回計画しています。 何故5回かというと、小学生だった子どもたちが、5年後に自分たちの置かれた状況がわかるように、福島にいるにせよ、そこから出るにせよ、福島から離れた場所でストレスから解放され、自分たちで考えてほしいというのが狙いなんです。 八丈島の精神障害者施設で受け入れてもらっています。 こういうふうにしてやっているんですが、お金がかかります。 趣旨をホームページなどで確認していただき、支援をしていただければありがたいです。 





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