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ディスカッサント


京都大学大学院人間・環境学研究科教授

浅野 耕太 氏


堀場製作所最高顧問

堀場 雅夫 氏


佛教大学社会学部教授

高田 公理 氏


京都大学大学院理学研究科科長

山極 寿一 氏


同志社大学大学院総合政策科学研究科教授

山口 栄一 氏






山口 栄一(同志社大学大学院総合政策科学研究科教授)


豊富な資料をもとに、飯尾さんが「CO2が地球温暖化の主犯ではない」ということをコンサイスにまとめてくださいました。 


夙にCO2分子は地表面からの赤外線の放出をよく吸収することは知られていて、これが温暖化の原因とずっといわれてきました。 ところが、水分子もまた赤外線領域にほとんど同じ吸収スペクトルを持ちます。 きょうは、水分子のほうがCO2より20倍近く温暖化をもたらすということを学びました。 さらに、2000年以降は、大気の温度はむしろ下がる傾向があって地球は寒冷化に向かっている。 一方、CO2濃度は単調に増加していて、大気温とCO2濃度のあいだにまったく相関がないということも学びました。 では、地球温暖化の原因は何かというと、CO2よりも太陽活動の影響が大きいというお話でした。 実際、ここ10年の寒冷化に呼応して、太陽の黒点数が減少している。 つまり太陽の活動が低下している。 


では、このお話をもとにまず、「CO2主犯説」は科学的にほんとうに間違っているのかという、素朴な疑問から議論していきたいと思います、浅野さんいかがでしょうか。 



浅野 耕太(京都大学大学院人間・環境学研究科教授)


きょうのお話を聞いてもわかるように、基本的には因果関係を探るには昔からいわれているように「ミルの3原則」というのがあるんですが、「CO2主犯説」はどうかというと、まず、原因、結果の前後関係が危ういし、それぞれ相関はあっても弱い、そして他の事情が一定というのも全然一定ではないと、3つとも当てはまらず、無理がある。 経済学をやっているので、いろいろなことを前提に議論して政策を立てることがあるんですが、「地球温暖化の原因はCO2。 その上で、いろいろな政策を立てろ」といわれればできます。 しかし、温暖化で、これだけ自然科学の分野で前提となる部分が混乱しているとは、正直びっくりしました。 政策を動かすような結果が実データじゃないところから出てきているのも驚きで、シミュレーションは私も使いますが、いくらでも出したい結果は出せるのです。 予想以上に危うい基盤に立っているなとほんとに驚きです。 ただ、20年前の状態を考えた時2000年より前は、一見するとやっぱりCO2が増えれば温暖化が進んでいるように見えたわけで、「予防原則」によって政策をつくった英知の可能性は少しはあるから、この点を無視して議論するのは不十分ではないかと思います。 



山極 寿一(京都大学大学院理学研究科科長)


この問題は、1970年代に「人間環境宣言」というのが出されて、人間が地球にどんな影響を与えつつあり、われわれの住む環境はこれからどうなっていくのかということについてかなりネガティブな予想が始まりでして、いわゆる「犯人説」というのが探し求める目的のひとつになりました。 しかも科学者は、科学の名のもとにそういう犯人を探し出さねばならないといういわば、使命感に駆り立てられてきたわけですよ。 その結果、地球温暖化は危ないことがまず前提であって、温暖化を起こす犯人はCO2である。 これが二つ結びついて 何か重大なことが起こっているようなことをわれわれは感じ始めた。 


論点はいくつもあるのに、科学のやばいところは、あたかもそれが組み合わさってわれわれが問題とすべき現象ができていると信じ込むところにあります。 私が飯尾さんにお聞きしたいのは、温暖化自体はまずいとお考えなのか、あるいは地球でくりかえし起こっている現象のひとつで、そのことは人間にとって、地球の生物にとって大きな問題じゃないとお考えなのかいかがでしょう。 



飯尾 俊二(東京工業大学原子炉工学研究所准教授)


温暖化がゆっくり進むかどうかがポイントで、10年単位で1度とか2度というように上がり始めると砂漠化が起こり、不可逆で生物圏域での回復が遅れます。 ちょっと生物のことは専門ではないのですが、ゆっくり、2度ぐらいまでなら食糧生産が増えるなどの議論もあります。 進むスピードが問題です。 



山極


もうひとつはCO2の犯人説ですが、これは、さきほどいいました人為的な影響で地球環境が劣化しているということに結び付けるのに都合のいい論理だったんですね。 エアロゾルとか話がありましたが、大気中にはCO2以外にもいろいろ出ているわけですが、CO2だけは大量にあって漸次上昇している。 このことがわかっていて、これと温暖化がきれいに結び付けられるというのが、そもそも80年代にスタートしたIPCCの人たちが打ち出した明確な論理で、それが独り歩きしてしまったという気がします。 



高田 公理(佛教大学社会学部教授)


きょうのお話に出てきた「ミルの原則」ですか。 それは確かに「実験室の科学」には的確にあてはまるんですね。 でも、「フィールド(野外)の科学」にも、そのままあてはめられるのかどうか。 実際、きわめて多くの変数が関与する、たとえば地球環境のような現象、具体的には「CO2温暖化主犯説」の正否を判定するのは非常に難しいのではないかと思わされました。 ただ、お話を聞いて、それが、どうやら間違いだという論拠が、かなり明確になったように思います。 同時に、地球の気候変動が、太陽活動の動向と非常に相関が高いということも理解できました。 しかし、じゃあ、それですべてが説明できるのかというと、疑問なしとすることはできない。 それに、温暖化が地球環境にとって問題だとしても、それが太陽活動によってコントロールされているのだとすれば、そこに人類が介入できるのかどうか。 そういう意味では、日本的な無常観に陥らざるをえないのかなあといった思いに捉えられてしまうのですが……。 



堀場 雅夫(堀場製作所最高顧問)


この問題(CO2主犯説)は、いわば人間がほんとうに尊大になった、生意気になったというか、どうしようもなくなった人間が、自分がえらいと思っている結果のものだと…。 人間がちょっと化石燃料を燃やしたぐらいで地球環境が変わると思うている、それがねえ、もう罰が当たる。 大体人間なんてものは、46億年の地球に対してたった400万年か500万年前に出てきたのであって、地球を46歳に例えれば、わずか2週間前に生れてきたに過ぎない。 ひとりの人間にすれば、自分のことで考えると20秒前に生れてもう1秒もたてば死ぬ。 そんな程度の人間が、石油や石炭をちょろっと焚いたぐらいで地球がどうなると思うだけで、尊大すぎる。 


それと、ミクロというか自分の話をすると、私は、58年間 CO2の赤外線の吸収でめしを食ってきた。 実は、CO2の赤外の吸収が余りにも少なく、誰も測定することができず、それを測れるようにしたから今の堀場製作所の存在があるんです。 それなのにCO2の赤外線吸収で地球の温度が上がるなんていわれたら、苦労して測定装置を開発した堀場の立場がない。 地球の温度を上げるほどCO2が赤外線を吸収するなら、開発はとても楽だったろうし、逆に、だれにもできることなので今の堀場はなかったともいえる。 


それはともかく、先ほどの「地球大気の温室効果」というデータにあったように、温暖化効果は、水蒸気の95%に対しCO2はわずか2・5%です。 地球の温度を上げるのはほとんど水分の影響ですよ。 CO2が温暖化の原因ではないというのは、5年か10年したら結果の出ることで、もう、論争しても意味がないですよ。 



浅野


私も論点の1番目は、論争してもしょうがないと思うし、ちょっと知りたいことなんですけど「パブリケーションバイアス」ってありますよね、どこの学会でも。 かつては「地球温暖化が起こっている」というペーパーが載りやすかったと思うんですが、最近は「地球温暖化と違うよ」というのが一流誌にも載るようになっていて、明らかにジャーナルのトレンドは変わってきている。 こうしたパブリケーションの傾向から、私は、学会の状態がそれを追認するようになっているんじゃないかと思っているのですが、今は移行期であって、堀場さんもおっしゃったように5年もすれば結論が出てくるのかな、と。 そうなら科学は捨てたものじゃないと思っているのですが、実態はどうでしょう。 



堀場


残念ながらね、科学が結論出すのとちがうよ。 地球が結果を出すんです。 実験せんでも、物理学も気象学も関係ないですよ。 寒暖計さえあればわかる。 



浅野


でも、ただ人間って説明したくなりません? これが科学の方法じゃないですか。 



堀場


うーん、この本なんですけど、「文明はなぜ崩壊するのか」というレベッカ・コスタという人の本。 面白いと思うのは、世の中だんだんいっぱい複雑になってきたのでね、もう、そんなに因果関係をつくりだすのが、学者も面倒くそうなってきた。 で、何かと何かをひっつけたら原因と結果が出そうと思うたら、とにかくひっつけよるんです。 それが、「地球温暖化とCO2」なんやけど、著者は温暖化では、CO2どころか「ピストルを持っている人が増える…」いや「離婚が増えると地球が温暖化する」ともっとひどいことをいっている。 ことほど左様に、CO2犯人説なんて、まったくサイエンスと違うということをまず考えないかん。 



山極


因果関係といえば、例えば「風が吹けばおけ屋がもうかる」という現象の連なりは誰もがなるほどと思えるようなことなんだけど、この因果関係を説明した人はいないわけですよ。 でも現象を組み合わせて説明づければ、そういうふうに見えてしまう。 こと未来に関しては、わずか10年とか数百年とかいうそのくらいのデータを基に、ずっと先の話をしていいのかどうか。 過去の話を説明するのは、化石や隕石などがあるので、できるんですよ。 例えば6500万年前に大恐竜が絶滅したというのも確かな話としてわかるわけです。 これは、シミュレーションではないのですね。 


シミュレーションというのは、一つひとつのデータの操作の違いで結論が全く違ってくるというのが、多分すごく味噌で、いろんな結果が出てしまう。 そこには、堀場さんがおっしゃっていたことにも関係がありますが、もうひとつ政策、国と国との関係、企業の戦略というものがからんでいないでしょうか。 たとえば「石油燃料に依存しないようにしましょう」とか「熱帯林を守るためにカーボンストックをきちんとお金にしましょう」とかいろいろ話が出てきていますが、あることをもくろんだ企業家なり政治家なりがいて、それに大国の利益がからむと、科学の世界に何か非常な大きな影響を与えてしまうことがあるのではないかと思うのですが。 



堀場


これはひとつの説ですが、サッチャー(イギリス元首相)のことです。 北海油田が出なくなってきてその一方で、石油の価格がどんどん上がる。 イギリスは困った。 そこで、ウラン探鉱の権利は相当持っているので、石油を悪者にして原子力発電をもっと盛んにできないか、いろいろ考えた。 これが増えるとウラン鉱石の値段が上がるわけです。 その挙句、これだと飛びついたのがIPCCのCO2犯人説だったんです。 


これには最初、EUもアメリカも賛成していなかった。 でもEUが賛成しだしたのは「排出権取引」です。 ギリシャなんかを加盟させたのは、元々非常に効率の悪いボイラーとかを使っていたので、新しいのに切り替えればものすごい排出権が得られる。 サブプライムローンどころじゃなくものすごく金になると思ったんですね。 アメリカも、バーボンウイスキーですよ。 石油が目の敵にされ、トウモロコシから抽出されるバイオエタノールが注目されトウモロコシの価格が上がり、小麦も値上がりする。 アメリカはなんだかんだいっても農業国ですから、景気が良くなる。 これでアメリカは反対しなくなった。 


これで、あほみてるのは日本です。 京都議定書がその最たるものです。 橋本首相のころでしたが、あれは1990年をベースに97年に決めたんですが、日本は、もうとうに削減していて、雑巾絞り切った状態から始めるという全く馬鹿げた話だったんですよ。 で、癪に障るのはこれから大損をするんです日本は。 すでに、700億円でウクライナから排出権を買うてるんですよ。 これ、前のウクライナの女の首相がそのうちの350億円を懐に入れ収賄で捕まってわかったんですよ。 商社の仲介で日本政府が買っているんです。 CO2をどうするとかいうんじゃなくて、「CO2 1億トン 100億円」という証書を取り交わすだけなんですよ。 こんな消費税がどうのとわあわあいっている時に、そんな時にこんなことに税金が使われていいのかと思うんです。 温度はどうだっていい。 上がった方がいいに決まっている。 (笑い)



山口


今までのお話から分かったように、最近になって、どうも世の中の空気が変わって来た。 CO2犯人説は間違いじゃないかという空気になって来ました。 ところが、にもかかわらず科学的に根拠がはっきりしないCO2犯人説が排出権取引という経済活動を生み出し、さらには原発の擁護とか天然ガス発電を止めようという現実につながっている。 CO2が犯人でないなら、もっと天然ガスを使えばよいということで、原発再稼働の問題はもっと単純化されます。 とにかくなぜこのように「科学」は誤って使われていくのか、そこに議論を移していきたいと思います。 



浅野


「予防原則」というのがあって、生物多様性も地球温暖化もそうだが、その基本は「科学的な根拠が十分でない理由を持って規制とかを正当化できないのは止めよう」ということで、科学的に根拠が明確でなかったとしても、環境にいいことは早めにやりましょうということを世界中が決めた。 これで、排出権取引の根拠ができたわけです。 だからCO2がほんとの原因ではなくてもいいわけです。 


このように予防原則に強く依存してしまうと、世の中には何ぼでも怖いことはあるわけで、それを避けるためにいくらでも市場をつくることができる。 これは新しい市場の発見ともいえ、景気を良くすることにつながるのでいいのではとも考えられるが、私はやはり「悪魔の議論」だと思う。 これは科学そのもの誤用ではなく社会と科学の接するところの関係に問題がある。 排出権については実態のないところに金が回るわけで、こんなところにお金がいけば、もっと価値があって本来そこにお金がいかなければいけないところにお金が回っていかないことになる。 マネーゲームとか、いろんな方法で金を稼ぐ手段が出てきてしまうと人間を堕落させる。 だから「悪魔の議論」なのです。 



山極


排出権転がしですね。 こういうことが可能になったのは、社会通念が変わりグローバリズムが浸透し、近未来幻想が消えたというのが大きい。 各国とも、国という境界を超え商売やればもうかるか、政治をもう少し使えばこういう市場ができるというこがわかってきた。 遠い未来の幻想というものが、何か理由づけになってきたっていうことがあるんじゃないですか。 



浅野


地球環境というのは、冷戦の終結と関係あると思う。 冷戦構造がなくなったので南北の問題とかが前に出てこざるをえなかった。 政治的なアジェンダとして突然大きな意志が動いたわけですよね。 90年代以降のいろいろな政治的状況を見て、そのようにうがった見方をする人が多いし、実際に今はそんな時代になってきています、未来のこと、将来のことをビジネスにという考えは出てきていますが、それがどこまで謀略説なのかということはわかりません。 ただ、冷戦の終結が引き金になったことは確かと思いますね。 



山極


排出権取引をなくして、もう少し技術革新に利用した方が建設的と思うのですが飯尾さんどうですか。 



飯尾


堀場さんのさっきのお話のお金を捨てているというお話でしたが、あれは特別会計で支払っているので、国民の目には触れにくいんですが、やはりお金がいかされていない。 税金は当然、価値をつくるものに使うべきです。 それからIPCCの資料を読んでいて分るんですが、科学者はいったんいいだすと、えらい先生になるほど引っ込みがつかないというところがあるみたいです。 弟子もいっぱい抱えて予算が来なくなると彼らが路頭に迷うことになるので、そう簡単に主張を変えるわけにはいかないんでしょう。 しかし、自然に聞いてみて、違っていれば素直に見解を修正しなければいけないと思いますね。 



高田


それは、「偉い先生」ではなく「偉そうな先生」なんではないですか。 それに、CO2の削減に関して、堀場さんがおっしゃるように、なぜ日本政府は「絞り切った雑巾をさらに絞る」ような目標を引き受けるという、実にアホなことをやったんでしょうか。 それに今ひとつ、前回も申し上げたんですが、原発に関して、再稼働すべきか、そうではないのかという一点でしか議論が行なわれていない。 大変不思議なことだと思います。 というのも、世界中には莫大な量のプルトニウムがたまっているわけでしょ? それを原料として消費しながら発電できる、しかも安全性の高い「トリウム溶融塩炉」の可能性に関する議論がどこからも出てこない。 一つの「空気」ができてしまうと、それ以外のことはいえないということなんでしょうか。 



堀場


「絞り切った雑巾」は、トレンドがそうだったから、橋本さん(元総理)も、世界中から京都に来てもらってチョットええ格好せんなん、というようなことで引き受けた。 もう4%達成できていたから97年までに6%減らすいうことは合計10%減らすことになるんです。 周りの役人も京都議定書だからつぶしてはいけないということで、あほなことになってしまった。 



飯尾


プルトニウムが唯一使えるものとしては原子力電池(熱電変換方式)があります。 特に人工惑星で太陽電池が使えない世界に飛んでいくものに搭載するんですが、高価で、地上では使い道がない。 そういう意味では、トリウム炉の起動に必要な中性子の供給源となるのでトリウム溶融塩炉でプルトニウムを消滅させるというのは平和的解決法と考えます。 ただ原子力技術は核兵器と絡んで開発された経緯があり、日本では研究者の関心がないわけではないが、アメリカの技術を導入して利用が拡大してきたウランを燃料とする原子力システムとは異なるトリウム溶融塩炉を導入するのは容易ではないという状態ですね。 



堀場


中国は積極的ですね。 日本はだめでしょう。 京大にも研究しているのがいたんですけど、追いだされてしまった。 トリウムは、レアアースメタルの中に必ずあって産出国はどこもこの処置に困っている。 軽水炉の横にこの炉を置いて出てきたプルトニウムと使っていけば、産出国はみんな喜ぶと思うんですけどねえ。 




司会


会場からも「科学の誤用」ということについて、意見をいただきたいですね。 



柴田 一成(京都大学花山天文台台長)


京大の天文台で太陽の研究しているんですけど、よく新聞記者と温暖化の話になって、「温暖化はCO2が原因とは限らないんですよと」いうとね、みんな驚く。 だけど、デスクから温暖化に関してそんなことは絶対書くなといわれる、というんですね。 その傾向は今も続いていまして、例のCLIMATEGATE(気候研究ユニット・メール流出事件)も 私たちの間ではすごい話題になったんですけど、新聞に載らないんですね。 日本のメディアでは出ない。 


きょうの議論で、関係ない分野の人たちの間で、政治と経済が温暖化にはからんでいるなんて話を感動して聞いていたんですが、私たちの研究者の間では、こっそりいうことはあっても、決して公に語られることはないんですね。 結局、国の政策に問題があって、グリーンプロジェクトとか温暖化というとお金が出るんですが、太陽の研究にはお金が出ない…。 政策にのらないと研究費がもらえない。 これが大きな問題です。 



西本 清一(京都市産業技術研究所所長)


私、ほぼ50年アカデミアの世界で過ごしていますが、学生のころはもっともっと時間というものが十分ある時代でした。 議論が始まると、対立する議論がどんどん出てきて十分にそこで議論をつくすということが行われたんです。 しかし、最近は、ここ10年~15年ですけれども、まず経済とかビジネスがすごくはびこってきた。 その世界を左右することで色付けするようなことが起こりだした。 


もうひとつ、メディアがものすごく介入してきて、ある種の状況をつくることになった-というようなことに、できれば焦点を当てて議論していただけたらなと思います。 前回の山口さんのお話から非常に感じたことは、まず原子力にかかわった人が、どこかで自分は犯人ではないということを盛んにいうとか、自分はかかわっていないという形で何も発言しないという状況の一方で、にわか科学者がものすごく増えてしまったことで、大きく真理を求めることを損なってしまった状況ができたと思っている。 そして、サイエンスの説明をもっとわかりやすくという議論がありますが、要は本当に科学をやっている人間にとって、そうといえるけれどもそうでないともいえるというのが一番本当のところかと思うんですが、一般のメディアは「白か黒か」をいわせようとするんですね。 もちょっと時間をほしいと思うんですけれども…。 それはアカデミズムがすごく衰退したから、対極にあるジャーナリズムも衰退していくということ、ジャーナリズムが衰退しているといえばアカデミズムも衰退していく証左と思います。 経済の方、マスコミの方の率直な意見をお聞かせ願いたいですね。 



塚本 寿(CONNEXX SYSTEMS CEO)


アメリカで電池の開発製造をやっているものなんですけど、地味な技術の開発をやって地味な売り上げをしているつもりでいたんでいたんですが、ある時突然、電気自動車とかリチウムイオン電池が夢の電池ということでどんどん動きが出て騒がれ始め、ぼくも学会(パネル)に呼ばれるようになったんですね。 私は、そのたびに「そんな大したもんじゃないですよ」なんていったりしたもんですから、やがて呼ばれなくなりましたが、そんな騒ぎが5年ほども続いたんですね。 で、「科学の誤用」ということですが、ぼくが思うのは世の中を動かしているのは、残念ながら科学ではないんですね。 誤用といえば誤用されるし、誤用するのが利用していることだと。 どうしたらいいかはちょっとわかりませんけど。 



山極


科学、科学者の力が弱っているというのには同感ですね。 理系の人間からすると、まさに研究者として残るためには、世間に対して何のインパクトもない論文を狭い範囲の国際誌にレビューつきで載せるということが業績の中心になる。 そしてこれは、日本語で書かないので、自分の意見、発見なり、自分の研究の成果を世間に広めるためには、マスコミを通してやるしかない。 飯尾さんのきょうの話でも、多分、一般の人は内容まで踏み込んでは理解できない。 ただし、踊っているタイトルは刺激的だから、マスコミの人も記事にしたいと、論点の面白さだけついてくる。 すると、多分、飯尾さんのいいたいと思っていることは伝わらないだろうと思います。 


科学者でも、私も生物学者なので、物理のことはよくわかりませんが、理解しようと思うと大変な勉強、熟慮がいるわけで、まして、一般の人となるとほとんど今の科学にはついていくことは不可能です。 だから、マスコミは、一般の人を科学についていかせようとするかというとそうではない。 いかに今の政策や人々の生活にインパクトを与えるかということに大きな関心があって、そのことだけで記事にするんですね。 


今、日本には科学ジャーナリストが全然、育っていないんです。 昔、科学雑誌がいくつかできて、やがて消滅してしまいましたが、そういうエデュケーターとかコミュニケーターとかがほとんどいなくてこれが、日本の科学を一般から遠ざけ、また、日本の科学の力を弱めている原因だと思うんです。 



高田


さっき、科学者はこうもいえるし、そうではないかもしれんともいえると、最もホンネに近いことをおっしゃっていました。 実際、世の中には明快に白黒がつけられないことが、いっぱいあります。 だから私は、どうしても白黒をつけたがるアメリカ人の好きなディベートが大嫌いなんですね。 それに比べると日本には、菊池寛が『文藝春秋』で始めた座談会というものがありました。 3人以上の人が集まって、何かテーマを設定して、ああでもない、こうでもないとおしゃべりをしたあと、「ああ、面白かった」で終わる、ある意味では無駄な文芸の形式なんですが、せっかちに結論を求めないかわりに、いろんな異なった意見が出て、そこから新しい展開が生まれてくる。 ところが、こうした座談会という形式が90年代ぐらいに、すっかり滅びてしまったような気がします。 


こんな話をするのは、さきほど、せっかちに結論を聞くジャーナリズムの話が出たからなんですが、座談会のように、役に立たないかもしれないけれど、いろんな考えを出し合って面白がる、そういう日本人の気持はなくなったんでしょうか。 もしかすると、こうした趨勢は、グローバリゼーション、つまりはアメリカナイゼーションのせいですかね。 



堀場


そら、デジタルがはやり出したからや。 アナログやったら「まあまあ、なんとか」というようなところで話付いていたのが、「やるのかやらんのか。 どっちや」というわけやね。 



高田


世知辛いことですねえ。 



山極


IPCCの論文の操作の件で飯尾さんに聞きたいんですが、われわれが、崇拝する国際誌に掲載してもらおうと思って血のにじむような思いで研究していることが、政府間パネルという重大なところできちんと引用されないということは、これは、全然違うところで政治なり経済なりが動いている証左と思うんですが、そうなんですか。 



飯尾


データ操作したのは、アメリカでの大御所グループが自分たちの主張を変えないために操作したようですね。 IPCC第4次報告書の統括執筆責任者や代表執筆者に、学位を取っていない大学院生や研究者が含まれていたのは、専門家が少ない発展途上国からも登用するという政治的配慮が働いたようです。 



浅野


国際的な機関がつくるドキュメントというのは特殊なつくり方をします。 私も少しかかわったことがありますが、事務局になるところの官僚が骨格を決め、いろんなパーツを割り当てていくというやり方です。 その後は、お互いの国の調整です。 国連が作るのは、独自調査をやらないで、すでにあるパブリッシュを合わせていく。 すると全体をカバーできないのでアンパブリッシュでも無理やり乗せる。 その最初のドラフトを書くのは、国連の職員のチームでした。 


昔は、科学の取りまとめというのはオックスフォードとかケンブリッジの有名教授がその段階を担当したということだったのですが、今は、科学的に今の水準がどうやというものでは全くなく、エグゼクティブトサマリーというか、政策担当者に手短に読んでもらうためにつくるものになっているんです。 こういう取り組みはボランタリーで、やりたいところが手を挙げて、その順で決めている。 こんなところも閉鎖的な体質を生みやすい原因なんでしょう。 



山極


日本でも十分ある。 私も環境省や文科省の審議会に出てきましたが、政策決定する前に提案自体はすでに方向性は決まっているということが多いんですが、科学者もそういうことがおかしいと思っても根本的なところから正していこうとする力がない。 国際誌に自分の研究をきちんと、数多く載せることばかりに関心がある、私も反省し、こんな仕組みを変えていかなければいけないなと思っているところです。 





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